王さん悲痛…張本さんと巨人で「OH砲」同じ年のライバルで盟友「胸を張って天国へ行って」

[ 2026年9月11日 05:15 ]

張本勲さん死去

練習を見守るソフトバンクの王会長(撮影・岡田 丈靖)
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 同じ1940年生まれのライバルであり、巨人時代の盟友でもあった張本さんとの別れ。ソフトバンク・王貞治球団会長は、みずほペイペイドームで「首位打者7回、3000本を超える安打数は燦然(さんぜん)と輝いている。胸を張って天国へ行ってほしい」と故人に思いをはせた。

 プロ入りも同じ59年だった。東映(現日本ハム)と巨人でリーグは違ったが「お互いにライバル視して、お互いに頑張ろうというのがあった」と現役時代を振り返る。張本さんが巨人に移籍した76~79年は、長嶋茂雄監督のもとで「OH砲」を形成し、76年からはリーグ連覇を果たした。「(幼少期のやけどによる)指のハンディキャップもあったけど、その中で日本の安打の記録を残した。意地や負けん気というものは常に強く感じた」と間近で見た張本さんの人柄を思い起こした。打撃については「僕は引っ張りの打法だけど彼は広角打法で、技術的には難しいことをしているなといつも見ていた。面で受け止めて送り返すっていう感じのバッティングでね」と評した。

 若かりし頃の意外な交流についても明かした。王会長が初の本塁打王に輝く4年目の62年の球宴。張本さんの実家に宿泊したという。「当時、広島でオールスターがあってね。その時に彼が“どうせ広島に来るなら泊まってくれ”ということで、泊めてもらったことがあるんだ。お母さんにごちそうにもなってね」と懐かしそうに口にした。

 長くTBS系「サンデーモーニング」で“ご意見番”を務めた張本さん。「なかなかあれだけのことは言えないけど、あえて言ってたんだろうね。テレビであれだけの年数看板を背負ったのは凄いこと。僕には到底できないよ」。王会長は敬意を示し「最後にお別れしてないのは残念だけど、静かに休んでほしい」と別れを惜しんだ。(木下 大一)

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