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衝撃の“尚弥超え”日本最速65秒KOで戴冠!キック出身の叩き上げ・石井武志が大橋ジム6人目の世界王者

[ 2026年9月2日 18:56 ]

WBA世界ミニマム級王座決定戦   同級1位・石井武志(大橋)<12回戦>同級2位 ウィルフレド・メンデス(プエルトリコ) ( 2026年9月2日    横浜BUNTAI )

<ダブル世界戦>井上(右)に祝福される石井(撮影・島崎忠彦)
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 世界初挑戦の石井武志(26=大橋)が元WBO同級王者ウィルフレド・メンデス(29=プエルトリコ)を1回1分5秒KOで破り、WBA世界ミニマム級王座を獲得した。大橋ジムからは6人目の世界王者となり、大橋秀行会長が現役時代に所属した名門・ヨネクラジムの5人を超えた。戦績は12勝(9KO)1敗。

 試合開始から先に仕掛けた石井が、カウンターの左ボディーから右フックを顔面へ打ち込むと、一瞬置いてダウンしたメンデスは立ち上がれないまま。レフェリーがそのままテンカウントを数え上げた。わずか65秒での世界戦KO勝ちは、18年10月に当時WBA世界バンタム級王者の井上尚弥(大橋、現世界スーパーバンタム級4団体統一王者)がパヤノ(ドミニカ共和国)相手に防衛した1回1分10秒を抜く、日本男子最速記録となった。女子では現WBO女子スーパーフライ級王者の晝田瑞希(三迫)が23年6月に1回1分3秒で防衛に成功した例がある。

 最近では珍しい「叩き上げ」の世界王者が誕生した。石井は、中学、高校で「習い事程度」で空手をした。高校卒業後にキックボクシングを始め、地方タイトルの「大和KICK」の王者となったが、メジャーのK―1では体が小さすぎて適正階級がなく、3年でボクシングに転向した。

 キック時代に知り合い、キックからWBO世界バンタム級王者となった武居由樹(大橋)の縁で、大橋ジムに入門。福岡から単身上京した時は「世界王者になる」と意気込んだが、内心は「日本タイトルも獲れないかもしれない」と不安が大きかった。

 転向5年の道のりは、平たんではなかった。身長1メートル56。最軽量のミニマム級でも小柄な体で、2022年に東日本新人王になり、全日本新人王も獲得した。

 だが23年、世界ランカーだったリト・ダンテ(フィリピン)に判定負けし、プロ初黒星を喫した試合で、左眼窩(がんか)底を骨折。「もうボクシングを辞めようと思った」と振り返る。手術で練習を休んでいる間に、60キロまで体重が増えた。

 このころの、武居の言葉が染みた。「まだまだ、これからだよ」。憧れの先輩の言葉数は、多くない。でも、時に掛けられる言葉がありがたかった。さらに24年5月、東京ドームで武居が世界王者になると「こうなりたいと、強く思った」と意を強くした。

 24年9月に東洋太平洋王座を獲得。しかし、2度目の防衛戦の判定勝利後、大橋会長から「世界はまだ無理」と突き放された。「最軽量級はKOできないと注目してもらえない」。ここから、世界3階級制覇の八重樫東トレーナーの指示を仰いで、「嫌いで苦手だった」フィジカルトレーニングに取り組んだ。1年で見違えるほど、たくましい肉体をつくり上げた。

 自ら「叩き上げ」と言う。大橋ジムには、キッズからボクシングを始め、アマチュアで実績を積んでからプロデビューするボクサーが多い。武居ですら、メジャーのK―1王者からの転向だ。その石井が武器とするのは「生物的な強さ。つぶし合いになった時に絶対、負けないと思える」という自負だ。

 名門ジムから誕生した6人目の世界王者。大橋ジムの叩き上げと言えば、高校卒業後にボクシングを始め、同ジム初の世界王者となった元WBC世界スーパーフライ級王者・川嶋勝重が思い浮かぶ。「すごいチャンピオンしかいない大橋ジムで、6人目になれたことを誇りに思う」。曲折を経てたどり着いた頂点に、石井の笑顔がほころんだ。

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