ここから始まる何かを探して
2026年10月10日 05時05分 (10月15日 12時02分更新)
12日に小さなトークイベントをします。タイトルは「“ここで生きるための言葉”をさがして」です。
今春お泊まりになった東京の編集者さんから「これまでの延長線の復興ではない、何か新しい思想がこれから必要なのではないか。そのような話をする場をつくりませんか」とお声がけいただき、私自身とても共感したので、珠洲の友人を誘って実行委員として一緒に準備してきました。
能登地震からもうすぐ3年。地区ごとの町づくり協議会でも、ずいぶん具体的な話になってきたと聞きます。一方で「ビジョンはまだ示されていない」という声もありました。目の前の復旧は少しずつ進んでいても、5年先、10年先の方向性については市民も、行政も見えないまま、ということかもしれません。でも、市民一人一人にまったく考えがないかと言ったらそれは違うでしょう。例えば、市長選挙のマニフェストなどを見たら、「これはいやだ」というはっきりとした自分の気持ちに気がつく。違和感を掘り下げていけば、自分が何を求めているのかが、もう少し明確になってくるような気がするのです。
「人口が減ることは必ずしも悪いことだとは思わない」と、珠洲の友達が言っていて、私も同じ思いです。どう人口を増やすかと競ってわが町をアピールするのではなく、人口が減ることを前提によりよい地域を考えたい。10年後に珠洲市の人口が数千人になるならば、その時はどんな町だったらいいだろう。学校は、病院は、公共交通機関の形は。どうしたらうまくまわっていくだろうか。
さらにいえばその時、この国はどうなっているだろう。世界はどうなっているだろう。考えていくと、終わらない戦争や頻発する天災(人災でもある)を思い、暗い気持ちにもなってきますが、だからこそ、言葉が必要だと思っています。この大変な時代をただ生き延びるのではなく、できれば生き生きと暮らしていきたい。世界の中で、日本の中で、この土地が持っているものはなにかと考え、「おらとこだけが良くなればいい」ではなく、ここから何かが始まって広がっていくことを願いながら。
そんな思いで呼びかけたイベントはありがたいことに、7日までに満席。当日は「食」と「農」の観点から歴史を研究している京都大学人文科学研究所教授の藤原辰史さんと、珠洲や山口県祝島などで、自然と共に生きる人々を描いてきたノンフィクションライターの山秋真さんのお話を聞きながら、これからも「ここで生きるための言葉」を、参加者と一緒に考える場にしたいと思っています。(湯宿経営)
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