記者から2軍監督は元ヤクルト球団社長の田口周氏も 有本義明さん死去

[ 2026年9月3日 17:31 ]

有本さんと巨人・長嶋茂雄監督
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 スポーツ紙記者からプロ野球2軍監督を務める異例の転身を果たした、スポーツニッポン新聞社特別編集委員で元ダイエー(現ソフトバンク)2軍監督の有本義明(ありもと・よしあき)さんが8月31日、死去した。兵庫県芦屋市出身。95歳だった。葬儀は3日に親族で執り行われた。

 芦屋中、高(兵庫)では投手として49年選抜準優勝など、4度の甲子園大会に出場。慶大では二塁手に転向し、53年には主将も務めた。54年にスポーツニッポン新聞社に入社。野球担当記者、運動部長を務める中、92年秋にダイエーの2軍監督に就任した。

 近年、プロ野球経験がないまま2軍監督を務めたのは、21年の日本ハム原田豊2軍監督の例がある。ただ、原田氏は東海大で巨人・原辰徳元監督と同期で社会人の協和発酵監督、柳井高(山口)監督を経て、14年に日本ハムスカウトに就任。19年からは2軍総合コーチとなっていた。

 アマチュア野球指導者からのプロ野球界への転身はままある一方、新聞記者からの2軍監督就任は極めて希なケース。68年にサンケイアトムズ(現ヤクルト)2軍監督に就任した田口周氏は、日大三(東京)監督からスポーツ紙記者を経ての転身だった。その後はフロント入りし、スカウト部長、球団代表、球団社長を務めた。

 有本さんは、田口氏以来の新聞記者からの2軍監督就任だった。

<過去の主なアマからプロへの転身>
 ▼藤田省三氏 日大三中、法大監督を経て50年近鉄監督へ。
 ▼砂押邦信氏 立大、日鉱日立監督を経て61年国鉄監督へ。
 ▼田丸仁氏 法政二高、法大監督から65年東京2軍監督を経て監督、阪神スカウトへ。
 ▼田口周氏 日大三高監督、新聞記者から68年ヤクルトコーチ、2軍監督を経て現球団社長。
 ▼岡田英津也氏 丸善石油監督から68年広島2軍監督、西武2軍監督、中日2軍監督、編成部長などを歴任。
 ▼有本義明氏 本紙記者、野球評論家を経て92年ダイエー2軍監督へ。現本紙名誉編集委員。
 ▼山本泰氏 PL学園、法大監督を務め94年近鉄スカウトへ。
 ▼石山建一氏 早大監督、プリンスホテル監督を経て95年巨人編成本部長補佐兼2軍統括ディレクターに。現総務部参与。

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