岩瀬仁紀氏 幼少期にG党から竜党に“推し変”していた…当時好きだった選手を5人挙げるも全員打者

[ 2026年9月17日 17:52 ]

岩瀬仁紀氏
Photo By スポニチ

 元中日リリーフエースの岩瀬仁紀氏(51)が17日に放送されたニッポン放送「ショウアップナイター60周年 名球会ラジオ」(木曜後5・10)にゲスト出演。子供のころに好きだったプロ野球選手を明かした。

 愛知県西尾市出身で、西尾東、愛知大、NTT東海を経て1998年ドラフト2位で中日入りし、2018年に現役引退するまでチーム一筋に20年間プレー。いずれもNPB歴代最多の1002試合登板、407セーブという輝かしい実績を誇る。

 進行役の煙山光紀アナウンサー(64)から「岩瀬さんは小学校から社会人、そしてプロまでずっと地元・愛知県のチームでプレーしたという非常に珍しい選手なんですね。これはプロ野球の長い歴史の中でもおそらく…我々スタッフ調べではおそらく岩瀬さんだけ…だそうです」と指摘されると「そうなんですか?」とうれしそうな声。

 「他県の高校や大学、社会人チームに行く可能性みたいなのはなかったんですか?声かけられたりとか」と聞かれると、「高校、大学、社会人は…ないですね、はい」と言い切った。

 そして、自身の幼少期と中日との関係については「大ファンといいますか、あの…。ドラゴンズファンに巻き込まれましたね。最初、物心ついた時はどっちかっていうとジャイアンツファンで始まりましたから。そのなかで、周りがドラゴンズファンばかりで…」と自然に“推し変”していったと明かした。

 巨人ファンだったころに好きだったのは「篠塚(和典)さん、クロマティ、原(辰徳)さん、吉村(禎章)さん」と全て打者を挙げ、中日ファンになったあとについても「ゲーリー選手、好きでした」とこれまた打者を挙げた。

 地元・中日を逆指名してプロ入りした岩瀬氏。中日スカウトから声がかかった時には「うれしかったですよ、純粋に」と振り返り、「ドラゴンズの試合もナゴヤ球場に、いつもライトスタンドに行って、紙ふぶき自分で作って持参して応援に行ってたんで。それぐらいナゴヤ球場、好きでしたから」と懐かしむ。

 「ただ、今考えればね、(狭くて)ピッチャーに不利な球場でしたから。僕が入る時にはもうドームに変わってましたから。非常に良かったですけれど」とも話していた。

続きを表示

この記事のフォト

「中日」特集記事

「大谷翔平」特集記事

野球の2026年9月17日のニュース

タグ内の最下位に記述をオススメします ここから-->