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「失敗」を繰り返さないために

2026年8月22日 05時05分 (8月24日 12時42分更新)
「ひび入っても割れない」という言葉を添えて、友達がくれた石=石川県珠洲市で

「ひび入っても割れない」という言葉を添えて、友達がくれた石=石川県珠洲市で

 「謝る」ということについて、時々考えます。
 数年前にこんなことがありました。登場人物は、私、友人Aさん、友人Bさん。ある時、私は友人Aさんと出会って、とても面白かった話を友人Bさんにしたところ、ぜひつながりたい、とのこと。私はAさんに許可を得て、Aさんの連絡先をBさんに伝えました。そうしてAさんとBさんのメールでのやりとりが始まったのですが、相性があまり良くなく、というより、Bさんが一方的に相手のことが苦手だったようで、Aさんのことを悪く言うようになりました。私はそれがいやでした。でも、2人をつないだのは私。この3人の中で、いちばんいやな思いをしているのは誰だろう、と考え、私はAさんにおわびの手紙を書くことにしました。
 後日手紙を受け取ったAさんから、メールで返事がありました。そこには、手紙に私の心が込められていないこと、それを残念に思うことなどが記されていました。私は、自分が謝ることによって、この場をおさめたいと思い、手段として手紙を書いてしまいました。なぜ私が謝らなくてはならないのか、という気持ちもあったのに。そういう心がAさんには伝わったのだと思います。その後、私とAさんとの深くて、長いやりとりが始まりました。まだ1度しか会っていない人と、ここまで深く、心の中の闇のような話をしたのはこれが最初だし、きっと最後だと思います。Aさんは、私に嫌われる覚悟で、ほかの誰もが言えないいろいろなことを、私に言ってくれました。
 今でもふとした時に思い出します。正直、それは自分のいちばん痛いところを突く言葉であったし、言われて2年ほどは、思い出すだけでおなかが痛くなるほどでしたが、その言葉があることによって、自分の暴走が止められるような気がしています。
 でも、私はまだAさんに謝っていません。心から、自分が悪かったと思っていないのに、形だけ謝るために書いた手紙を送ってしまったことをです。そのことが、いかに愚かで無礼であるかを私は、しばらく後になってようやくわかるようになりました。今でも時々、「早く謝りたい」という気持ちが湧きます。けれど、もっとよく考えてみれば、それは誰のためなのか。もしかして、自分が早くすっきりしたいためなのではないか。もしそうだとしたら、また失礼な話です。
 形式的な謝罪よりも大事なことはきっと、繰り返さないこと。失敗を、錨(いかり)のように心の底に沈め、ずっと抱いて生きていくこと。国家間の問題にも通じることがあるような気がしています。 (湯宿経営)
なのはな日和

 石川県珠洲市で湯宿を営む坂本菜の花さんの連載コラム。北陸の天気のようにままならない日々を、自分らしく暮らしていく記録です。

なのはな日和

 石川県珠洲市で湯宿を営む坂本菜の花さんの連載コラム。北陸の天気のようにままならない日々を、自分らしく暮らしていく記録です。

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